「海賊と呼ばれた男」出光佐三と九谷美陶園

2018/04/03

石油の出光興産の創業者の出光佐三氏は美術一般にも造詣が深くその収集によって、出光美術館を作られました。皇居を一望できる場所にありますが、中でも九谷焼の大コレクターでもありました。今でも沢山の九谷焼の名品を見ることができる美術館であります。

その佐三氏が、九谷美陶園に来られて出光美術館所蔵の吉田屋の「菊桐文様の大鉢の写し」を記念品として沢山ご注文して下さいました。当時の社長の寺前英一は大層光栄に思い、日展や伝統工芸展に出品しております甥の山岸雄三に”その写しを”描かせました。1965年の出光興産25周年の記念品ではなかったかと思います。

九谷美陶園では佐三氏の同意を得て、現在も同じ描き手によって当時と同じ価格で販売いたしております。吉田屋展が東京から全国数か所で催された時、九谷焼美術館では出光美術館所蔵の本歌と一緒に上記の出光佐三氏から依頼され、九谷美陶園が作りました「菊桐文様大鉢の写し」も並べて展示されました。先代の社長の寺前瑛生も出光氏と同じ現在の神戸大学の同窓でしたので佐三氏を一層親しみ深く思っておりました。

写真は九谷美陶園で販売している 「菊桐尺二飾皿」¥216,000

「海賊と呼ばれた男」の映画は出光佐三氏が世界に報じられた盛挙を取り上げております。それは、日本は第二次世界大戦後、イギリスやアメリカなどの連合国による占領終了の後も、石油を自由に輸入することが出来なかったのですが、英国海軍がイランから輸出される石油のタンカーの拿捕を行っているなか、佐三氏はイランの石油を自社のタンカーに満載して無事、包囲をとっぱして日本に石油を持ち帰ったことでした。このことは日章丸事件と言われています。

このことは新聞の一面に大きく何度も出て、家族でも大変な話題になった事を思い出します。世界中のマスメディアでは、日本において武装を持たない一民間企業が、イギリス海軍に「対抗した事件」として報道されたそうです。

「海賊と呼ばれた男」の映画は岡田准一が中年から老年に至るまでのメイキャップもとても本物らしく、演技も上手でしたし内容も優れて良い映画でした。 

    
 山岸 雄三

私共の親戚の山岸雄三さんには、とてもお世話になっています。
寺前瑛生の父の実家が山岸家でお正月に伺うと、沢山のお料理を自作の20枚揃いの立派な大聖寺伊万里に盛り合わせて出されます。
日展、伝統工芸展に何度も入選されていますので、九谷美陶園の古九谷写し、吉田屋写しはほとんど山岸雄三氏に描いてもらいます。
山岸家からは山岸政明氏、その子息の山岸大成氏も九谷焼の陶芸家として成功されて居られます。
出光美術館の作品を写しで会社の記念品に作るために、社長の出光左三氏が私共の工房まで来られて 依頼されました。 
その時も山岸雄三氏に描いてもらいましたがとても良い出来でお喜ばれ致しました。それが 菊桐文様尺二皿です。